高齢出産の勧め
高齢出産を推奨する訳では有りませんが 高齢出産の一例をば
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初めての妊娠
〜少し体調を崩しておりました(^^; 50超えると色々ありますなあ・・・〜

産婦人科・・・地元ではない人間にはほんと判らない世界ですね。今思えば、生理不順や色々な事でお世話になっていたお医者さんで確認してもらえばよかったんですが、「産科がない」と言うだけで ダメと思い込んでましたぁ・・・。気付けばあんな嫌な思いしなかったのになぁ・・・。

私が選んだ産婦人科は、何となく最初から院内の雰囲気はよくなかったです。
なんていうか、よくは判らないまま行ってたからだと思うんですが、出産が入ると待合室はほったらかし。朝九時に行って、家に帰るのが午後1時とかはざらでした。他のお医者もこうなんでしょうかね・・・。それは他所を知らないので判らないんですけれど・・・。
それで、初内診の日。どう見ても胎嚢が見えなかったんです。恥ずかしながら私そのとき先生が言ってる事が判らなくて、
「おかしいな・・・赤ちゃんの袋が見えないなぁ」
と独り言のように言う。「胎嚢」と言う言葉も言わないし、何か変なのかなと不安になりました。そして、ほんとに検査薬で出たの???と疑われ、病院で検査もされました。が、陽性には変わりなく・・・。おかしいなあと先生。
その時は後一週間様子見ましょうと言われ帰宅しました。
そして一週間後、再び行っても胎嚢は見えず・・・。
あ、ここで重要な事をお伝えです。私は、普通体重(45kg〜50kg)の妊婦さんが妊娠中に限界まで太ったくらいの体重が素でありました(^^;(当時)
なので高齢&ドスコイ妊婦だったんです(^^;
それで、その日に先生が言うには・・・
「お肉で見えないんじゃないの(半笑い)」
だそうで・・・。まあ、ね、年齢に関係無いし太ってるのが悪いんだから、はあ?とは思ったけどそこは飲み込みました・・・。
最初の嫌な思いはそこ。でもこれは普通体型の高齢妊婦さんはここまで言われませんので・・・そこはこの話には余り関係無いですが(笑)
その日も胎嚢が確認されず、また様子見と言う事で帰宅。が、この日の夜ですよ・・・
夜の11時頃に出血をしたんです・・・。トイレでヌルンと何か出たっとおもって便器を覗いたら真っ赤で・・・。もうその瞬間恐くて恐くて(;; 直ぐに病院に電話した所すぐに来なさいという。
ゆっくりね と言われほんとうにゆっくりゆっくり旦那に送ってもらい病院へ。
その時に内診とかエコー撮ったかは覚えていなくて・・・パニックだったんでしょうね、覚えてるのは入院となって、病室で点滴を打たれたことからです。
次ぐ日に切迫流産の可能性があるから、入院で安静にしてて下さいといわれビクビクしながら何日かを過ごしました。
その何日かのうちに問診や、出血がおさまった頃の内診でどうやらお腹は空っぽだと・・・今回は残念な事になりました、といわれ凄い衝撃を受けた。
これは医師が酷いのではなく、自分を呪った。凄く申し訳なくなり、めちゃめちゃ悲しかったのを覚えています。
胎嚢も確認出来ない、週数にしてもまだ8週くらいだったけれど、お腹で育たなかった事は、人生初の悲しみでした。ずっと後に知り合いが5ヶ月で流産した方と聞き、きっと自分なんかよりももっともっと辛かっただろうなとは思ったけど、でもきっと悲しみの量は同じだと思う。
そしてね、お医者に「掻爬術」をしないといけないと言われそれも少しショックだった。所謂中絶に近い手術です。
赤ちゃんを迎えようとしてた子宮は沢山のお布団を用意するのです。胎盤です。
それは一度綺麗にしないといけないそうで・・・。
でも、仕方ない手術です・・・とても嫌だったけど受ける事に。
多分ですが(記憶が曖昧なんです)、入院中にする事になって、手術の前の日に子宮口を開くために海草成分のタンポン状のものを子宮口に挟み込む処置が有るんです。これ痛かった(;; お腹の中にずっと異物が有って、それが子宮口を圧迫してるんですよ(;; これちょとつらかった(;;
そして手術ですが、全身麻酔はいいですね。リスクは大きいですが寝てる間に終わってました。変な夢みてて、感覚は5分ほどだったです。旦那に聞いたら40分はやってたといわれびっくりしたほどでした。
でも、麻酔はキレかけがねえ・・・辛かったです。しかもその日自営業の旦那の元に滅多に来ないお客が来る日で、麻酔がキレかける一番辛い頃、一人で処置室(手術室ではないです)にいました。意識戻ると気持ちも悪いけど、お腹が本当に空っぽになった事辛くて、声は出なかったけど涙がポロポロでてましたっけ。
旦那がやって来た頃には、意識もハッキリとしてちょっと寂しかったと愚痴を言いつつ(笑)なんとかその日は帰宅出来ました。
子宮の状態を見るために、週に一度ペースで医院に通わなければいけなかったんですが、その最終日です。最終日にその医者はとんでもない事を言ってのけたのです。
私も流石に堪えてましたので、何週間しても悲しみが抜けず最終日に子宮が元に戻りましたと言われた時に涙が溢れ
「先生、わたし頑張って痩せてまた子どもをがんばります」
と涙ながらに言わんでいい事を言ってしまったんですね。言わなければよかった言葉ですよね。そしてその言葉に帰って来た言葉は
「○○さんの場合ねえ、体重とかよりも年齢ですね。もう無理ですよ無理。42でしょう?無理ですね」
私本当にびっくりしてしまいましたよその瞬間。でもね、無知は本当に恐いんです。私は本当にもうダメなんだと思い込んでしまったんですね。だって医者が言うんですよ?無理って 言いきるんですよ?
信じちゃいます・・・。
なんだかその日は呆然として帰った記憶が有ります。
その言葉重かったなあ・・・
その日からは、失った見えなかった子の事と、もう子どもはだめなんだなあという寂しさでなんだかフワフワと生活してたように思います。
酷い言葉。でもある意味それは真実なのか・・・頭の中でぐるぐると考え込んでため息ばかりついてた。
でも、その医者が特別に酷い医者なんだと判るのには半年もかからなかったです。あの医者は健康で安全に産める妊婦にしか関わらない医者でした。そんな医者にまだ大丈夫かもしれない自分たちの子どもを諦めさせられるのもしゃくに障る!
そう思い始めた頃、私の母が危篤になりました・・・
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